『手紙、栞を添えて』 辻邦生、水村美苗
フランス文学者の辻邦生さん(1925-1999)と、評論家の水村美苗さん(1951年-)による往復書簡がまとめられた一冊です。
もとは朝日新聞紙上でかわされたもので、公開されることが前提となっていたとはいえ、これほどまでに「手紙」というものの "贅沢さ" をみせてくれる往復書簡を、私までも読ませていただいたことに、まず感謝したいという思いにかられました。
敗戦後、「言葉」というものへの不信を抱えたまま渡欧し、それでもアウシュビッツの生存者が「言葉」から生きる力を得ていたことを聞いて改めて文学を志し続けることになった辻さんは、「手紙とは、本当に不思議な空間を作ってくれるものですね」と水村さんに数々の人生経験を語りました。
水村さんは、「辻さんのお便りで、抱えきれない幸せの花束が贈られたようです」と受けとめ、ときにはさらに問いかけ、ときには文学論を人生論に広げました。
酷評だけを目にしたまま 30歳で亡くなったエミリー・ブロンテの『嵐が丘』を通して、そこにあったであろう「黒い絶望や白い諦念」をふまえながらも人間の精神の根源的な意味を見出したり、スタンダール(マリ=アンリ・ベール)の『パルムの僧院』を介して、人生の最高の歓びについて語り合ったり。
かつて手紙というものが、切実なものとなって人と人の心を結んだように、またある意味、人の心が痛めつけられているこの時代だからこそ、なお切実感をもって、「手紙」での「至福」を体現した、豊穣な往復書簡です。
私はこの一冊を、道標にしたいと思う、この頃です。
(佐藤聡子)