「エルマーのぼうけん」
唐突ですが、私は地図が好きです。眺めることも好きだし、道を覚えて頭の中で地図が繋がるのも好きです。何かと言えばすぐに地図アプリを起動しますし、GoogleマップのストリートビューやGoogle Earthの機能などは、それこそ私の地図好きを助長させたものの一つでしょう。
では、なぜ地図が好きなのか。地図のどこがそれほど好きなのか。改めて考えてみると謎です。ですが、きっかけの一つに本があることは間違いありません。
ファンタジーの本などには、よく表紙裏や冒頭の数ページにその世界の地図が描かれていることがままありますよね。あの地図が、ものすごく好きなのです。物語を読む前に流し見する際は無感動なイラストでしかない地図が、読み進めるうちに情景描写により、それこそストリートビューのように鮮明で奥行きのある世界が浮かびあがり、その一点一点がものすごく胸の高まるスポットに変わっていく様に、たまらなく高揚するのです。
おそらくその原点は「エルマーのぼうけん」でしょう。雨の日に出会った野良猫から、隣の島で動物たちに捕らわれている「りゅう」の話を聞き、助けるために冒険に出るエルマー少年のお話です。みなさんもきっとよくご存じですよね。この本の地図は、「しんせつな地図」です。「いびきをかいて寝ていたくじらのいたところ」という具合に、物語のどのシーンでエルマーがどのあたりを歩いたのかが分かりやすくなっています。車のナビで自分の場所を示す三角マークのように、物語が展開するごとにこの地図を眺め、世界をより具体的に想像しながらエルマーの行く先に没頭しました。
それはまさに、知らない街へ行くときに、まず地図を見て道順を確かめ、実際に通る道すがらの景色を眺め、覚え、そしてその後その場所の地図を見るときには風景が思い浮かぶことと同じです。通ったことのある道の景色の記憶みたいに、物語にも勝手に思い浮かべた風景の記憶があって、実際の景色も、物語の景色も、あとから思い出して何度も楽しむことが私は好きなのだと思います。
こうして考えてみると、ファンタジー小説が好きなのも、この情景描写による「少しずつ地図が鮮明になっていく」効果がより強いからかもしれません。現代社会を舞台にした作品に比べ、ファンタジーでは景色や世界観の説明シーンが多く、より想像力が掻き立てられますよね。映画化で話題になった大作の「指輪物語」は、会話シーンのない情景描写が延々と続くこともあり、さすがに私も疲弊したものですが、それにより、いかに広大な世界を移動しているのか、その広くて遠い果てへの現実感のなさ、絶望、士気の低下一方でその世界を指輪一つが動かしていることへの恐ろしさといった感情のリアルさを感じられたものです。
話を「エルマー」に戻しますが、彼はこの冒険で無事に「りゅう」を助け出すことができます。さらに、「りゅう」の15匹の家族をも救出する大冒険へとくりだします。そして、家族の脱出劇のすぐあとに、あっけなく「りゅう」との別れがあるのです。児童書らしくテンポよく進む彼の冒険した世界を、大人になるまで強く刻んでくれる「地図」が、やはり好きなのだなとしみじみ思います。
(小野寺琴香)
フンド・ヂ・キンタウ「鉱山の地図」
今回は地図、まず引用音楽は、ブラジルのパゴーヂバンド、1980年代に大ヒットした
フンド・ヂ・キンタウの「鉱山の地図」。パゴーヂとは、裏庭で皆でパーティーで飲み食いしながら歌い楽しむサンバ。
筒井康隆「われらの地図」
短編集「エロチック街道」の一つ。収録作は「ジャズ大名」等アイディア満載だけど、この「われらの地図」は、星新一や小松左京などSF作家仲間と麻雀卓を囲む会話だけ誰の発言かはは全く不明な実験小説。
こんなものもある、という感じの(はっきり言って箸休め?)
(荒川弥男)
井上靖の「地図にない島」
新婚旅行から逃げ帰った女性と、絵に成熟した生命を燃焼させる美しい未亡人をめぐって三人の男が繰り広げる愛の惑 いと歓びとを華やかに描いた青春賛歌です。
新聞記者出身の井上の作品は、物語の構成が非常に巧みです。そして一つ一つの場面が詩情豊かで、かつ氏が画家志望であった事も手伝って色彩感覚 にも秀でています。
詩情と色彩と登場人物の純粋な心とが上手くマッチして独特の世界が織りなされます。ストーリも面白く、読み始めると止まらなくなってしまう本で す。
(宮城純一)
『地図のない道』 須賀敦子 著
筆者の須賀敦子さん(1929-1998)は、聖心女子大学をご卒業後、24歳で初めてイタリアを訪れ、29歳からはイタリアで過ごされました。
ミラノのコルシア書店に仲間として迎え入れられ、そこで書店の運営や活動の中心人物の一人だったペッピーノことジュゼッペ・リッカさんに出逢い、尊敬していました。
須賀さんにとっては師のような存在でもあったペッピーノと結婚し、日本文学のイタリア語訳を彼の協力をえて出版したりもしていましたが、結婚6年後に彼が急逝してしまいます。
その後、日本へ戻り、56歳から文筆活動を開始し、1991年『ミラノ 霧の風景』(白水社)などを発表されました。
この『地図のない道』は、ヴェネツィアに刻まれた記憶の旅へと読者をいざなう、最後の作品集です。
(佐藤聡子)